2014年12月

2014年12月31日

 みなさま本年もまた大変色々とお世話になりました。

 信onは新章を迎えたわけですが、リアルで家族が体調を崩すなど様々なアクシデントがあり12月はほぼインできない状況のまま課金が切れてしまいました。が、次にいつ安定してインできるか全く見通しがたっていません。

 信onは私にとっては思い入れの強いMMOなのでまた機会があれば復帰すると思います。その時はぜひまた遊んでやってください。

 それではまた、ゲーム内でお会いする日まで^^ノシ
(ブログはたまに更新する予定です。一応^^;;;)

 みなさまが良いお年を迎えられますように。

 来年もどうぞよろしくおねがいします。

 猫乃たまご

2014年12月21日

 とりあえず今年度中はインが微妙な中の人ですが、サブアカウントの課金が切れる前に目録だけでももらっておこうとインしたら、本願寺が妖魔陣イベントやってました。

 人がいる方向へと移動していたら、末森さんが徒党に誘って頂いていそいそと参加 ヽ(´∇`)ノ 倉庫拡張アイテムの留め金もゲットできてラッキー>∇<

 だったのですが、徒党で必要な方の分(3つ)をコンプする前に自分にリアル呼び出しがかかって落ちてしまいました;; もらいにげすみません><。

 
 それから結局信onにインしてないわけですが……。 いや、細切れに時間はあるんだけど、ちょくちょく離席するのが前提になるのでインしても中途半端すぎるんですよね。 で、結局インしない…と。

 とりあえず稼業どうするか決めないとな…。 

2014年12月19日

 昨日メインアカウントの課金が切れる! ということでインしようとしたらメンテでした。いやはや、タイミングいいね!

 メンテ後にこそっとサンタ帽とキャンディケーンもらって城下町で神具だけもらったわけですが

 なんかもうね、何から手をつけていいのやらさっぱりわかんないという状況に。

 そろそろ1日2時間くらいはインできそうになってきたので信on再開しようかなーと思っているのですが、今週は新仕様に対応するだけで精一杯になってしまいそうです。

 キャンディケーン、メンテ消失なのががっかりです;; あれを常時装備して魔法少女を気取ろうと思っていたのにぃ。

 野望が終わった。

 野望とはそもそもが、身にそぐわない願望という意味らしいので、まあ達成しないのが前提だといわれてしまえばそこまでだという。

 そう考えると「信長の野望」ってむごいタイトルだよね?@@;

2014年12月09日

 春日山イベントの日から全くインしていませんでしたが、昨日イベントポイント交換の為にインした時、信書で古い知人さんの訃報を知りました。

 プレイスタイルが私とはまるで異なるその方とは、金沢両替前で手をふりあったり、一言二言会話を交わしたりする仲でした。そのうちに、装備を支援していただいたり、同じ一門に暗殺が所属させていただいた関係で一緒にクエに行ったり。

 積極的に交流を深めていたというわけではなかったのですが、私にとっては10年ほどもの間そこにいてくださった方であり、キャラのステや装備、果ては金策のことまでアドバイスを頂いてとても頼りにしていた方でもあります。

 病気で長くないという知らせを人づてにお聞きしたのですが、あれこれ考えて普通にした方がいいかと結局いつも通りあまり話さない感じでお別れしてしまったことになります。

 さようなら とは お別れの言葉というよりは、左様のような事情ならばおいとまいたしますという意味かと受け取ると、とても優しい響きがある気がします。

 インしたらそこには、いつも通りの金沢があるでしょう。統合後少しにぎやかになった金沢。あなたのいない金沢。 

 何をするにも涙がにじんでしまい、ボロボロ泣きながら気持ちの整理がどうしてもつかない状態ですが、整理する気持ちもないというのが正直なところです。

 


夫(それ) 人間の浮生(ふしょう)なる相を つらつら観ずるに、おおよそはかなきものは この世の始中終(しちゅうじゅう) まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり、されば いまだ万歳(まんざい)の人身(にんじん)をうけたりという事をきかず 一生すぎやすし、いまにいたりてたれか百年の形体(ぎょうたい)をたもつべきや 我やさき人やさき きょうともしれずあすともしれず、おくれさきだつ人はもとのしずくすえの梅雨よりもしげしといえり、されば 朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて 夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり、すでに無常の風きたりぬれば すなわちふたつのまなこたちまちにとじ ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(とうり)のよそおいをうしないぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりて なげきかなしめども 更にその甲斐あるべからず、さてしもあるべき事ならねばとて 野外におくりて、夜半(よわ)のけむりとなしはてぬれば ただ白骨のみぞのこれり あわれというもなかなかおろかなり、されば 人間のはかなきことは 老少不定のさかいなれば、たれの人も はやく後生の一大事を心にかけて 阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて 念仏もうすべきものなり、あなかしこ あなかしこ

蓮如上人 御文章 五帖 十六 より


 さようなら。しばらくのおわかれです。 

 自分が死ぬ時にすでに死んだ人と再会できるのかどうかは私はわかりません。でも、私の意識が唯識の海に溶ける時、同じく海に眠るあなただった意識の一部と交わることがあるかもしれない。そんな感想くらい持ったっていいじゃないか。そう、思います。