2008年11月

2008年11月29日

 昨日は仕事してました。。

 20時から封筒に宛名のシールを貼ったり、印刷物を折ったり、それを封筒に入れたりとかしていたわけですが

 22時くらいから頭の中を星間飛行が流れはじめ







 それが疲れとともにだんだんバ行の人たちの「モェッ☆」になっていきあ(動画はちょっと今はのせません^^;)

 そしてどんどん疲れてくるにつれて最終的には「ツルッ☆」になってくるという









 仕事が終わったのは25時でした。

 俺はアルパカをやめるぞー! ジョジョジョジョジョジョー!!!

 はー疲れた;;

 ちなみに本日は朝9時受け付けで15時まで地区中学校で研究発表会があったのでした…。

 でもっ☆

 17時からは酒飲みにいくぜー!!

 モニターを新しく購入し、信onの解像度は格段にあがりましたが、本日はゲームにインできない模様…。

 そんなこともあるさ。

2008年11月27日

 信onに課金しました。アカウント共有倉庫や@Webにも課金してみました。合計が2000円弱になって、コーエーに軽くだまされた気分になった中の人です。なにこの「ご一緒にポテトはいかがですか?こちらのスイーツもお得ですよ^^」な売り込み方は><

 さてさて、金沢にも懐かしい人たちの顔がいくつか見え(私も懐かしい人のひとりかっ)活気があっていいなあ^^* と思いながら毎日クエストを3キャラで行っている今日この頃です。

 というか、鍛冶は昨日やっと動かす気持ちになりました。まあ、しばらくだらっと毎日クエストでぬくぬく育てるのもいいんじゃないかと思いましてね…。

 そして夜その鍛冶を動かしてなんとなく金沢のみなさんとお話している時に事件はおこったのです!! 続きを読む

2008年11月25日

 ウナギ隊4周年イベントが昨晩ありました。思えばとある日
「ウナギ隊にはいりませんか?」
 というウナギ隊長からのお言葉をもらってから3年以上の月日が経っているのですねえ(しみじみ) 

 うちの書き込みの勢いからして時間に遅刻したらいけないだろうと、21時半、新PCでニコ動を見ているダーリンを追い払いウナギ屋敷にイン。 うわー誰もいないー。そんで屋敷の掲示板に
「私用の為22時半になります」
 の書き込みが…w 

 このgdgdっぷりがこのまま発揮され、結局はじまったのは23時半。メンバーが合戦中であつまらなかったようなので、急遽、KHTから助っ人を要請し、オヤビソと翔さんが参加してくれるようになりました。

 さて、ルールは簡単で、越前からスタートし、3箇所の中立都市にバレないように走り回るウナギ隊長をタゲって所作を入れたら賞品が手にはいるというもの。

 ウナギ隊長を捕獲するための私設までできて参加者5人とも思えない盛り上がりを見せました。

 全員で手分けして全国を見張り、情報を私設に流します。そんで、私は2回ウナギ隊長をタゲれたのはいいのですが、何しろ信onから遠ざかってずいぶん日数が経っていたので、色々な地理情報が自分の中でぐちゃぐちゃ…。

 長島にいるウナギ隊長を「山賊街にいる」という情報で流しちゃったり(ノ∇`)

 どうやらかくれんぼにはリアル経験*をつんでいるせいでずいぶん強かった模様ですが、斥候には大変不向きだったようです。というか、捕獲私設をずいぶん混乱させたという意味ではどこの間者かと…orz

 まあ、何はともあれ25時に幕を閉じたことのイベント。オヤビソと私は即効寝ましたが、その後も盛り上がったのかな?

 生命255のついた花冠を手にいれてご満悦な夜でした。

 あらためてウナギ隊4周年ばんざーいヽ(´∇`)ノ そして、快く(半分強引に)誘いに応じてくれたオヤビソと翔さんありがとー^∇^*


*
1.毎日うちの無駄に広い家の中をランダムに動き回っているわが子たちを
「ご飯だって言ってるでしょー><」
と捕獲して回る。
2.特に小学生の長男は忘れ物大王なので、彼が家を出たあと発覚した忘れ物は私が車で通学路を先回りして途中捕獲で渡す。しかも長男の登校ルートは変動性で、要するに毎日同じ道を通って学校に行かない^^;;;

 もしかしたら小学生の男の子を育てているお母さんはこのイベントに有利かもね^^;;;;



2008年11月23日

 イベント3日連続だとさすがに疲れます…。

 かつて宴会部長、お祭り隊長と言われていた私もよる年波には勝てないということなんでしょうか。

 いやー。体力衰えてくると色々とわかる世界が広がっていいですねえ…。


「わしゃ心を入れ替えたんじゃ」
ち言うたら
「都合んいい心じゃな」
ち言われた。
なしか!

「夕方なしか」9巻より

 ちょっとうろ覚えです^^; ちなみにこれは大分県のいわゆる熟年夫婦の会話です。

標準語訳:
「私は心を入れ替えた」
と言ったら
「都合のいい心ね」
と言われた。
なんでだ!

2008年11月22日

 理くつをこえた神秘なものの力をかりて、人間の欲望、もしくは願いをみたそうとするとき、祈祷宗教が生まれ、あくまで合理的手段によって目的を達成しようとするとき、科学的な態度が生まれます。そのどちらをとるかといえば、現代人としては、科学的な態度をとるのが自然でしょう。
 そうすると、宗教は生きていく上に、もう必要のないものでしょうか。また神や仏を信じてはいけないのでしょうか。
 ここで考えねばならないことは、宗教が必要だというのも、不必要だというのも、宗教を生きるための手段としか考えていない点では同じです。しかし、手段は、目的あっての手段ですから、人間として生きる目的、あるいは意味がどこにあるのかというかんじんなことが、はっきりしていなくては何にもなりません。<中略>仏教の立場からすれば、宗教が必要であるとか、必要でないかという問題よりも、そういうことを問題にせずにはおれない、不安な心そのものが解決されなければならないのです。

「浄土真宗とはどんな教えか」 西光義敞著 (有)百華苑発行 14pより

 

「科学で証明されたものしか信じない」
 という人程、思考が科学的ではない。なぜなら証明=正解ということは科学的思考ではありえないことだから。
「現在ではそう考えるのが一番もっともらしい」ということが証明の中身なのだと私は教わった。そして、実際に現場とはそういうものだ。
「こうなったら神にすがるしかない」
 という人ほど、宗教的に不真面目だ。神仏とは目の前の問題を解決するものではなく、自らの根本を問わしめる存在なのだから。

 自分が信じようが信じまいが事実は動かない。「ものはとりよう」という考え方はごまかすことはできるけれども、不安を消すことはできない。「不安な自分」を否定することは簡単だけれども「自分が不安だ」という事実はいつまでも消せないで問題は残り続ける。
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